パニック障害・不安神経症の一般的な思考回路
パニック障害は私を含めて、目標や人生、仕事などに燃えていて、やる気や元気を元々持っている人が多いようです。
パニック障害だった私が以下に書いていることをそのまま経験しましたし、パニック障害の人にある程度共通している思考だと思います。
人に負けないくらいに頑張ってしまう人が、限界を超えてがんばる。
心身共にぼろぼろになるまで疲労していても、それでも突っ走る。そんなとき、体調に異変が起きる。
人によって、心臓がおかしくなったのかも!?、と思えるほど動悸が激しくなったり、胸が息苦しくなったり、呼吸困難になったり、過呼吸になったり、震えが来たり、などしてしまいます。
ある日を境に発作的に起きてしまい、その恐怖と予期不安から、どんどんパニックの症状にのまれていってしまう・・・・・・。
何で急に自分にこんなことが起きるんだろう? 理由がまったくわからない。
それまで健康で何もなかったのに!
そう思ってしまったら最後、必要以上に敏感にパニックの症状に執着してしまう。
これさえなければ……あのときは本当によかったのに! などと、とらわれてしまいます。
それまで健康体で何の身体的な悩みがなかったのに、急に訪れた破滅と恐怖の足音・・・・・。
二度とあんな苦しい思いはしたくない!
しかし、現実にパニック発作が起きてしまう。
過去の良かった時と比べて、現在が地獄に感じるし、未来も予期不安のせいで先が見えない・・・・・。
交感神経、副交感神経の自律神経のバランスが壊れ、交感神経はとことん戦闘態勢に入ってしまってします。
これでもか、とばかりに全力全快で暴走してしまう。
全神経と全エネルギーを使って、悩みを爆発させてしまう。
ですから、ソファーにくつろいだ姿勢でいるとします。
普通だったら、心も体も落ち着いてはいなくてはいけないのに、フルマラソンをしているぐらいの心臓の鼓動が早くなる。そうなると、そのことに執着してしまう。
なぜ!? どうしよう! と焦りと不安、恐怖、そしてパニックに入ってしまう。
なりやすい具体的な例です。
身内に病人が出てしまうとします。昼夜問わず必死で看病します。
自分の健康、体調を考えずに、持ち前のガッツとエネルギーから、とことん頑張ってしまいます。
看病が終わり、限界まで体が消耗していたのを知らずに、気持ちだけで動いてしまうとき、バランスが崩れてしまいます。ギャップが出てしまう。
必要以上に体が疲れ果てて、酷使しているような場合の後にパニック発作がなりやすい。
このパニック発作に執着してとらわれてしまったら最後、パニック障害となってしまい、予期不安がさらにパニック発作を呼びこむ構図になってしまう。
最初はおかしいな、と病院で検査をする。物理的な異常かもしれない。
でも、検査の結果は、悪いところは何にもない。
ところが、現実に症状は治まらない。息苦しさや動悸がひどいけれど、本当に体はどこも悪いところはないとの検査結果。
自分が感じる症状は現実にあるのに・・・・・・。
必要以上になぜという思考回路が頭を支配してしまう。頭の中を駆けめぐる。
そうなると、緊張がエスカレートして、常にそのことが起きてしまうようになる。
実質、パニック発作が起きろ、パニックに陥れ、という強力な自己暗示を自分にかけていることになっている。
フィジカルの異常だったら、どんなによかったか、のちのち思い知る。
それだったら薬を飲んだり、手術をしたりすれば、体の治癒能力で治る見込みが多い。
でも、パニック障害は精神的なものから発生していて、自己治癒能力はない。
治そうとすればするほど、どんどん焦り、症状をチェックし、予期不安をチェックし、それへの知恵をくたくたになるまでやり、余計パニックの症状を意識して強化する。
どんなことをしても無駄に終わる。行動も破滅的なまでに制限される。何にも出来なくなる。
ただおびえ続ける毎日。
出かける前に自分の今日の体調のチェック、出かけるときには、行った先のいろいろな状況や場面で、自分の状態は大丈夫かな、と考えてしまう。
どうしてもパニック発作が起きた時の悪い想像をしてしまう。
だから、日に日に行動する範囲が狭くなってしまう。
途中でパニックになったとき、身内とか知人が常にそばにいてほしいと思う。最悪なときにいつでも助けてくれるという人が身近にいるという発想からそれは出ています。
電車に乗るときに、途中下車できるのも計算に入れる。
飛行機のように長距離を密室で、しかも途中下車は出来ないときには、乗る前からパニックになってしまう。
新幹線は当然乗れないし、普通列車でも各駅しか乗れない。
友人や恋人、夫婦、パートナーと一緒に行動したとしても、各駅で下車して心を落ち着けなければならないことに罪悪感を感じてしまう。
旅行にもいけなくなり、申し訳なく思う。
かと言って、誰も付き添ってくれる人がいないと、不安でたまらない。
でも、パニック発作が起きた時に頼ることにもありがたいと同時に罪の意識を持ってしまう。
何をするにしても、恐怖、不安、後悔がつきまとう。
いつも前もって、最悪になったときにどんな風に回避できるか、それを考えながら行動する。
乗り物、旅行、買い物、散歩、すべてのあらゆる行動にカセと恐怖とパニック障害がつきまとう。
町内から外に出られない、あるテリトリーから一歩を踏み出すと必ず恐怖に襲われる。
最悪、家で一人でいるのも恐怖になってしまう。パニック状態になったときに、助けてくれる人がそばにいないと不安になるから……
フラッシュバック、予期不安、息苦しさ、心臓の鼓動、神経の暴走、恐怖、頭が真っ白になる、パニック、知恵での対策、なぜなんだ、これさえなければ、悪循環、くたくた、惨め、フラストレーション、焦燥感、絶望、ぐだぐだ、暗黒、、症状チェック……の毎日。
これが永遠と繰り返されてしまう
パニック障害は悩んでいて、いいことなんか一つもない症状です。
だけど、パニック障害に陥った以上は、何としても克服しなければならない症状でもあります。
とはいっても、 もう一生治らない絶望感、時間だけが過ぎていく焦り、でもなにかしないといけない。
でもそれがない……
いや、抗不安薬やSSRIなど抗うつ薬がある。そして精神科や心療内科に行き、薬をもらう。
それでとりあえずしのげるかもと思う。
だけど、薬は次第にきかなくなり、パニック発作が起きるのも怖いため、背に腹は変えられず薬を増やす。強い薬を出してもらう。
精神科医は、患者が辛いと言ったら、薬を出さざるをえないから、精神科医に相談すればするほど、薬漬けになってしまう構図がある。
だから、パニック障害の人ほど薬に頼ってしまい、依存体質から脱せなくなる。
かといってそれも罪悪感を感じる。だけど飲まないわけにはいかない・・・・・
必ず時間が経つとまた薬の効きが悪くなる。
いい加減このまま薬を飲んでいてもパニック障害が治らないことを悟ってしまう。そうなると、今度は薬を減らそうとする。薬そのものが恐怖になるからだ。
薬に頼るにしても、今より少なくしたい気持ちもある。
しかし、減薬が思った以上に大変で、コンディションが悪くなる。パニック障害の症状が悪化してしまう。
そこで不安に駆られ、薬を再び飲んでしまう。でも、前と同じ量では効かない。どうしようもなくなって、薬の量を増やす。
減薬をするつもりだったのに、今度は増薬となってしまう。飲んでいる薬は劇薬だから、体に負担が来る。副作用もひどい。こうなると社会生活もおぼつかなくなり、生活の質も保てなくなってしまう。時間が経てば経つほど薬漬けになり、治る見込みもない。将来もないし未来がない。
絶望的になり、うつ病に陥っていく。あれだけ元気だった自分が、うつ病のどん底で苦しむことになる・・・・。
一番うつ病になりにくいタイプだった人でも、パニック障害、毎日の予期不安や外出恐怖や広場恐怖症、そして乗り物恐怖症・・・・。ただでさえ肩身が狭い思いをしているのに、周囲の人の助けが必要な自分・・・・。
パニック障害と不安神経症の人が陥る罠、僕のパニック障害次の思考回路や体験記でした。
次は、僕、よしおの克服体験記録です。 ↓↓↓
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