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カイの話し方・緊張解消教室 手の震えの症状

極度の緊張

手の震え

意識と無意識

手の震えを止めたくても止められない!

緊張するあまり、手が震えるなんてことは、誰だってある。
手が震えることそのものは、何の不思議な現象でもない。
しかし、一般の人は、手が震えても次の日は自分が手が震える人間だという認識を忘れてしまっている。
だから、悩みを引っ張らない。

一方で手の震えで苦しむ人は、いつだって意識をしている。
手の震えを一生懸命抑えようとして、それでも震えが止まらない・・・・震えを止めるためにやばいぐらい力を入れて疲れ果てて、今度震えてしまったらやばいと不安を感じる

悩むと視野が狭くなるから、緊張であがって手が震えてしまう自分が異常だと思っちゃう。
異常じゃないよ、誰だって緊張するし、あがるんだ。
それが過度に出ているだけ。

みんなそうなんだと思って、ひとまず落ち着こう。
緊張で手が震えて苦しむ人は非常に多いのだ!
このホームページを開いてから、僕はますますその念を強くした。

強度の緊張が手の震えというアウトプットで出てしまう悲劇

僕も何を隠そう、手の震えにはかなり苦労させられた。
自分が緊張しているって、人から見てすぐわかってしまう部分だし、すぐ把握されちゃう。

そして、手は一番と言っていいほど、人目につきやすいし、末端だし動きがあるから目立っちゃう
手が震えることがそのまんま緊張しているとか、おかしい奴、キョドっている奴だと思われる事への恐怖!

手の震えで、何の関心も興味も悪意も持たずにやり過ごせてくれれば、それ自体たいしたことじゃない。
だけど、手が震えて、自分の弱点を見透かされることと、内面心理を悟られ、見下され、自信を激しく失うことがいやだった。

僕自体も、手が震えている自分が許せなかったし、イライラした。
どうして震えるんだ、馬鹿野郎! でも震えてしまう。

自分の意志じゃ震えを止められないから根性が足りないと思ってしまうし、そんな自分に劣等感を持っちゃう。
その手かせによって、積極的になれない自分がいやだった。

いくら抑え込もうと頑張っても、絶対手の震えへの不安が外れなかった。
いらだつとともに落胆を多く味わった。
ストレスで疲労困憊にさせられたし、人を避けるようにもなった。

もう二度とあんな疲れる思いは嫌だ

手の震えを克服できないまま、ずっと同じ悩むことしかできていない

これって、あがり症の項目で書いたことと同じじゃないか・・・・
同じ緊張と同じ思考の構図で永遠と悩んでいたんだなぁ。
結局、僕があがり症や震えやどもりで、悩んでいたときの思考や対策って、ずっーっと同じことしかできていなかった・・・・

悩みの悪循環というやつか。
ひどく狭くて苦しい世界に、僕はもがいていたんだな〜呆れてしまう。
そのくせ一歩も狭い世界から抜け出せない。
泥沼とはこのことだ。

悩んでいる時って、同じ一つのことしかしていないと岩波先生が言っていたけれど、まさにそのとおりだと思った。
成功の階段を登っているならまだしも、緊張対策しかやっていない・・・・・

時間がもったいないと思う・・・僕がこのことばかりにずっと時間と意思のパワーを投入しても、何にも変わらなかった・・・
変わらない? もっと手の震えばかり気に病み、悪化させていただけだから恐ろしい。

手の震えを止めようとか止められないと悩んでいる間に、僕は普通の状態だったら、どれだけの大きなこと、やりたいことを成し遂げられたのだろう・・・・
それは、やってみなくちゃわからないけれど、それだけは克服した今も悔しくてたまらない。
(それが新しい人生を頑張ろうというモチベーションになっているんだけど。過去を覆す、取り戻す!)

物を持つ手と腕への不安、震えを見られたらやばい、震えたらどうしようの繰り返し

書痙のつらさもそうなんだけど、やっぱり物を手に持つと手が震えてしまう。
重い物を持つ時はまだいい。震えにくいから、震えが増幅しなくて済むから。

でも、震えやすい物ってあるんだよね。それがいやだった。
物を持つ前からそれを敏感に察知して、なるべく人前で持たないようにしてた。
とにかくすごく恐れた! 不安だった!

普通の人はこんなこと考えていないだろうな・・・・
何にも考えずにペンを持ったり、アップルやパイナッポーを持ったり、コップを持ったり、それを何気なく人に渡したり。

僕だけだろうな・・・こんなくだらないことに怯えているのは・・・僕はこんなふうに悩んだ。
こんな時間がもったいない、何をやっているんだと僕は自分が情けなかった

軽いモノを持った時の震えへの恐怖!

僕がコップを持った時の手の震え、これで気軽に喫茶店に人と行けなくなった。
誰にも見られなかったら、震えは大丈夫なのに・・・・

とくに対面の席に相手が座ると、もう気が気じゃなかった。
こう書いていて思い出したけれど、僕は対面恐怖症、会食恐怖症だったんだな・・・・

会食恐怖症といったら、お箸を持った時、それで何かをつまむ時も、本当に嫌だった。
緊張したし、それが手の震えがバレないように必死で隠すことばかりに気を使っていたから、おいしい食事も楽しめなかった。
そういえば、喉もしまって飲み込めなかったっけ・・・・

人に本や書類を手渡しするのもダメだった。
あとは書痙だから人前で字を書く時も震えた
人の目が届かないところでなるべく記入するようにしていた。
人前だと字がすごく下手になって、それも許せなかった。
僕は字は下手じゃない方だったから、書痙により書きなぐったような文字は症状のせいだと思うと、もう呪いたくなった。

とにかく軽いものは人の視界に入る時には絶対に持ちたくなかった!

誰もやっていない小さな手の震え対策でストレスだらけ、もう嫌になる!

バイトの時だって、客に手の震えを悟られるのが怖くて、よけい手に力が入った。
友達・知り合い(同性・異性両方とも)と喫茶店でお茶をするとき、コーヒーカップを持つ手が震える。
口に持って行く腕も震え、やっと両手で支えて震えを隠してた。

たかがコーヒー、紅茶、ジュースを飲むときですらものすんごい神経を使って異様に疲れ果てた
そういう場面が来ると身構え、今度は触れないようにと願って、力を入れるけれど、震えるとショックを受ける。

俺って、何をやっているんだろう?
こんなくだらないことに神経をすり減らしている僕って・・・・・・・

まったくコップを口に持って行かないのもおかしいと思われるし、ものすごく飲むペースが遅いやつだと思われていたと思う。
そんな自分が許せなかったし、恨めしかったし、普通の人が羨ましかった。
同時に思うのは普通にもなれない自分・・・・・

会話もそうだけど、もう人が前にいると、勝手に極度の緊張モードに切り替わってダメだった。
誰が緊張しろと言ったんだ! いつ俺が指令を出した?(無意識が強制命令を出していたのだが)
自分にムカついた、呪い殺してやりたかった

それでも必死で緊張していないよう頑張っていたけれど・・・・
それが功を奏したかどうかはわからん。

人に気づかれたり、震えを指摘された時には人生終わったと思ったし、二度と言われないように異常に震えを抑えようとして疲れ果てる。
この繰り返しで、一生を終えていく。
死にたくならないわけがない!

なんにも考えず自然体でありのまま生きたかった

そしてまた俺って何をしているんだろう、こんなくだらないことをしてて・・・・この連続。
自分で自分をがんじがらめにしてしまって、いくら震えるな、緊張するな、このばか!と言い聞かせても、説得ができなかった。

もっと自然にナチュラルに生きたい。
なんにも考えずに生きられたら!
みんなが羨ましかった

でも、いつまで経っても何をやっても手の震えの悩みが解決することはなく、自分の将来に暗雲が立ちこめた心境になった。
テレビでも出演者の手元とその震えにすごく注目するようになった。
震えていると嬉しくなったり、変にホットしたり。

あ、震えている、うれしい! みたいな(笑)
緊張しているのだろうか・・・・そうだとうれしいけれど、彼は悩んでいるのだろうか?
そんな事を考えていた。

緊張したら手が震えるのは当たり前と頭ではわかっていたけれど、どうしても割り切りがつかなかった。
僕はたかが日常でものすんごい緊張で手が震えているのだ・・・
テレビで全国の人の視線に晒されているわけじゃない・・・・

手の震えじゃだけなくて、足も震えるし、声も震えるし、頭も真っ白になってしまったり、緊張がすぐに体に反応してしまう。
とほほだ・・・・
なぜこんな運命になってしまったのか、呪いたくなっていた。

震え・・・意識したらもう外せない、どんなことをやっても外せない、死んだときだけ外れるのだろう

一度意識したら、もう(他の症状もそうだが)とことんまで震えに気に病んでしまって、常に僕の神経が手や腕に集中した。
その感じがとても疲れるし嫌だった。
異常に張り付くようなまとわりつくような神経のやばさ・・・・
意識したら最後で、手が震えるのを抑え込もうとして、へとへとに疲れるなんて日常茶飯事。

手が震える、声が震える、あがり症、話し方なんて事も、すべて「他者からどうみられているか」に起因してる。
これらの症状は、人が他にいない動物に囲まれて過ごす無人島だったら、まったく悩みの対象にならない。
鳥や蛇に見られて緊張するようになったら終わりだが(笑)

結局、手の震えそのもののきつさもあるけれど、他者という存在がまじで厄介だった。
他者によって、そういう場面に追い込まれ、他者を意識するがあまり、自分でも手の震えや話し方の悩みを強化してしまった。

他者を絶滅させる訳にはいかないから、結局自分を押し殺すしかなかったし、震えを止めるしか生きる道はなかった。
どっちみちできないことをやるしかなかった。

反射神経に極度の緊張が同化している

誰からに注目されていると感じると、例えば文字を書くとき(書痙)や、お茶を飲もうとコップをつかみ口に持って行くまでとか、震えてしまった。

昔テレビで見たけれど、ロッキード事件の証人喚問の場面があった。
証人がサインをするところがあったんだけど、すごく手が震えて、書くことができなかった。
あれが手が震える最悪の緊張の場面だろう。

有名な場面だから、年をとっている人は覚えているかもしれない。
もしあの人が、次も書痙を気にすると、立派な手の震えの悩みを抱えるだろうに。
そのとき限りなら、極度の緊張を引き起こした特殊な事情故という原因だけで終わる。

でも、その映像を見る機会があったら、僕は当事者のように胸が締め付けられた。
いつ、僕の書痙が爆発して、そうなってしまうかわからないから。

反射神経・・・・考えて対策を取る暇もなく手が震えていく自分がわかる、焦る、嫌になる、でも止められない・・・・。

ほんとうはいちいち人の手なんて、みんなは絶対注目してない。
それはわかってる。
わかっているけれど、どうしても人の視線がすべて僕の手に注がれているという自意識過剰状態になった。

注がれていないかもしれないが、たまたま僕の手を見たら、そのときに手が震えていたら、絶対変に思うだろう。
緊張の予期不安がここでも起こっていた。
まったくあがり症の悩みと同じや(苦笑)

手の震えを気にしないようにと思いながらも、常に震えているかどうかチェックする矛盾

常に手が震えていないか、自分でチェックしまくった。
鏡を見たり、僕の姿をビデオカメラで撮って、他者が見るとどんな風にうつるだろうかなんて。
こんなことやっているやつなんて、僕ぐらい(もしくは同じ症状の方々)しかいないだろうな〜(涙)

「やった、震えていない」「震えていないかも」
「僕の手よ、どうか震えないでおくれ」「やばい、震えてる!」「ますます震えてしまう! くそぉ」
「変に思われたらどうしよう」
これがぐるぐる頭の中を駆けめぐった。

いっつも手が震えそうな場面になると、頭の中がぐちゃぐちゃになり、事前の震えを止める対策は木っ端みじんに吹き飛び、脳みそと全神経を病的な考えと焦りと緊張で支配された。

腕に力が勝手に入る、震える、止められない、焦る、しょげる

ぎゅーっと腕に力がもはや自動的に入り(たぶん無意識で震えを止めようと力が腕に集中するんだろう)、すんごい疲労感。
なんで僕はこんなばかげたことで格闘しているんだ? もっと有意義なことで闘うならまだしも。

すんごいみじめな気分
そんなことじゃ、自分に高い評価を与える事なんてできない(本当は自分を信じてやりたかった)し、くだらないことで悩んで自信も喪失してしまった。
ああ、惨めったらありゃしない・・・・

周りの奴らは、僕の手の震えを気づいていたかどうかわからない。
それとなく言われたかもしれない(でも確かめるのが怖かった!)ことはあったかもしれないが、現実に向き合うことがとても恐怖だった。
どんな僕に対する悪評も抹殺したかった。
生きていけなくなると思ったから。

「何気ない手の動き」に見えることに、どれだけ僕の努力と神経と願いが込められていただろう。
あんだけ悩んでくよくよと考えて、震えないように必死で頑張っても、「何気ない手の動き」に近づけることしかできない。

普通の人が何の努力もせずに、ゼロのエネルギーしか使っていないのに、その域に達するために僕は百万のエネルギーを費やしてなお届かない
くだらないことに対策をとらなければいけない苦しさと無念に苦しんだ。

だから周りの手の震えない人間、話し方が上手(もしくは普通)の奴らが立派に見え、その反動で自尊感情がどんどん低下していった。
それとも、自分に劣等感がすごいから、まわりがすごく思えるだけなのかもしれない。

震えを意識しないことを強烈に意識してしまう

意識したら最後、「気にしない」「考えない」事は不可能だとわかった。
みなさんもよくご存じだと思う。

「気にしない」「手の震えを考えない」ことそのものが、強く意識していることに終わるのだから。
僕の手の震えも緊張も他の症状もすべて、強く意識しすぎることが原因だった。

グッーと、絶対に震えまいと全身に力を込めていたが、逆にどんどん体に柔軟性が失われていったのか、ますます震えるようになってしまった。
かすかな震えが自分の目にもはっきり映るくらいに。
首や肩や背中がすぐ凝るようになってしまった。

これだけ悩んでいるのだから、体ぐらいは凝らないようにして欲しいけれど、悩む人ほど体調も狂うという救いのない世界・・・・

自分の力で極度の緊張も震えも止められないことを思い知る

大学の時、意識上の努力&対策では、このままだと極度の緊張も震えは止められない、ダメだと悟った。
だけど、一番の問題はどうやったら、手の震えや緊張を起こす自分を克服できるのかということに尽きる。

世の中にはたくさん心理療法や、病院があるけれど、僕が助かる道はなにがあるのか、ちんぷんかんぷんだった。
実際、たくさんの緊張やあがり症を治す心理カウンセリングや心理療法を受けたり病院に通った。
コンプレックス解消のため話し方教室にも通ったがいっこうに解決しなかった。
一緒に通っている人もぴんと来ていないようだった。

僕はそういう教室や心理療法で、劇的に良くなっている人を目にしたことがない。
でも、なにか対策をとらないといけないから、やっているだけのように見えた。

やらないと、人生を諦めた敗北者になってしまうだけだから。
もがくことに人生の意義がある!
でも、普通の人はこんなことにもお金を使っていない・・・・

どれだけ僕は損をしている生き方をしているんだろう。
まるで苦労して苦労し続けて、普通にもなれないという呪いをかけられているようなものだと思う。

心理カウンセリング、話し方教室、心療内科、心理療法

まず心理カウンセリングでは、僕のあがり症や手の震えなどの悩みを打ち替えてホッとしたこともあったけれど、根本のあがる場面ではなんにも役立たなかった。
意識の上での対策しか取れないからだ。

知識として、どうすれば緊張しないのかというメカニズムは本で読んでいたし、いまさらカウンセラーにアドバイスされても無意味だったから、これを繰り返していたら時間の無駄だと思って次第に足が遠ざかった。

話し方教室もダメだった。
より実践的に話すこと、発表することに特化した教室だったけれど、いくら伝える技術を会得しても、緊張する場面ではまったく役立たなかったし、そもそも手の震えにはジャンルが違っていた。

何か病気だと思って(また期待して)、数軒の病院を回ったが、心因性のものと言われた。
じゃあ心因性ならばどう治せばいいかまでは教えてくれなかった。

それに薬を飲み続けても、いずれ効果が無くなっていくというし、毎日薬を飲み続ける事を考えると、憂鬱になった。
何かあると薬に逃げる自分が嫌だった(そういう自尊感情だけはあったのだ)

その次に心理療法で手の震えを治そうとしたが、あがりや緊張の元凶まで破壊できなかった。
催眠療法は何の実感もなくて、時々暗示をかけてくれるが、症状解決には全く無意味だった。

最初の恩人、外科のお医者さんの手の震え克服闘争記を発見

そんな中、「手の震え 克服」もしくは「手の震え 治し方」などでネット検索したら、『外科医神経症闘症記』というサイト(ブログver.はこちら)を見つけた。
書痙や手の震えの症状が僕と似ているため、非常に参考になった。

外科のお医者さんの体験記で、手の震えや書痙、過度の緊張で苦しんで、その中でも克服することができた、というほんとうに尊敬する人です。
手の震えのせいで、手術恐怖症にかかり、大失敗を起こすか、自分で退職するかどちらかしか先がないくらい、追い詰められたお医者さんです。
僕なんかよりももっと苦境に立たされていたことでしょう。

お医者さんの手の震え克服体験談のおかげで、僕の手の震えやあがり症が克服することになったことを思えば、大げさではなくて命の恩人でもあります。
おそらく僕が癌になって名医に手術してもらってガンを治したとしても、その外科医のお医者さんほどの恩人にはならないだろうと思います。
それほど僕は精神的に極度の緊張症状に苦しめられてきたのです。

当直あけの手術をこなすぐらいに忙しい外科医のお医者さんですが、ホームページやブログで体験談をのせてくださっていることにも感動しました。
それがなかったら、僕は岩波先生を知れていたかわかりません(いずれは知っていたかもしれないけれど。評判の非常に高い人だから)が、その時点でいち早く岩波先生のセミナーを受けられたのは、すべて外科医のブラックジャックさんのおかげです。

僕も、同じ悩みと戦って疲れ果ててしまっている人や将来への不安を強く感じて生きている人に、僕の克服体験を発表して、少しでも未来を明るくして欲しくて、こうやって書いています。

こんな体験記がお役に立てればうれしいです。
僕の悩んできた無駄な時間にもちょっとは意味が出てくるだろうから。

極度の緊張症、手の震え、書痙克服における人生最大の恩人

さて、何よりも最大のヒットは、外科医ブラックジャックさんがよくなったプログラムの先生(岩波先生です)のことを知ったことだ。
そこに参加してホームランをかっ飛ばせたわけだけど、無意識から問題を解決しないと心の悩みを解決できないことがよくわかった。

心理療法で無意識からの解決をしようとしたけれど、自分の無意識がどんなものなのか全然実感としてわからなかったし、その世界まで入れなかったことは書いたと思います。

だけど岩波先生の心理脳内プログラム(僕はあがり症克服プログラム)は、びっくりするくらい無意識の世界に入ることができた。
それは先生の神業に近いトランス誘導技術、脳覚醒技術のおかげだった。
とにかくびっくりした。

こんなことがあるのかと思った(すごすぎて驚かない人はいないよ、マジで)。
あれほどの体験はそれまで心理療法をやっても全くなかったし、深さの質も次元も違っていた。

無意識から極度の緊張を発する元凶を破壊するのに最善の方法だと思った。
医学知識をたくさん持つお医者さんもたくさん通うわけだ(手の震えで悩むお医者さんは多いそうですよ)

手が震えることなんてどうでもいいや

それにあがり症克服プログラムを受けていく中で、普段からの考え方も生き方も間違っていた、もしくは歪んでいたことも気づいた。
モチベーションの重要性も、覚悟の必要性もわかり、甘さの排除を自覚し、僕がどうしても悩んでしまう性質を変えてやろうと思った。

結論から言えば、心に余裕を持てば、手の震えなんか起きなくなる。
起きないようにして頑張ると起きてしまうだけなのだから、発想を転換しなくてはいけない。

割り切りが必要になる。強さも身につけなくてはいけない。
強いといっても、どんなことにも不安にならない強さではなく、自分の弱さや、強さ不足をしっかりと直視できる強さ

手が震えるんならしょうがない、どうでもいい。
ある種の達観と強さが必要だ。
それが手の震えを根本から治す方法だと思っている。

僕は岩波先生のプログラムを受ける過程で「どうでもいい」という感覚を身につけることができた。
どうでもいいと思おうとか、頑張るとかじゃなくて、「どうでもいい」気持ちになってしまったのだ。
次第に手の震えが止まってきた

意識しないときも増えてきて、今はもう完治したと言っていいです。

でもそれはいくら「どうでもいい」心境が大事だと僕が言って、知識でわかっても意味がなくて、やっぱり先生のプログラムを受けないとわからないことです。
僕は自力では一生あがり症や震えの苦しみを断ち切ることは、100%できなかったです。

今でも社会の片隅を逃げ回っていたと思います。
自尊感情をボロボロにしながら

根本から治さないと抜け出せることはないことを痛感

とにかく僕の無意識からの改革がなされ、他の緊張症状にもいい具合に波及した。
緊張して当たり前、手が震えるのもそんな無意識の状態では当たり前。

緊張しやすいのは自分の人生の中に悩みの元凶があり、それを意識的にも無意識的にも育んでしまったから。
緊張するのが僕の人生だし、同じ症状の人生だった。

だからまずそれを受け入れよう。その上でトラウマとか原因を意識的に認知し、無意識から強く自分に訴えかけていこう。
強烈なプラス暗示を自分に常に言い聞かせよう。

そうしないと、よっぽど自分で強い覚悟で割り切ることができない限り、症状を治すには難しいと思う。
時間もロスしてしまう。

自分で治すということは、「手が震えるなよ!」と強く言い聞かせて、ねじ込もうとするだけに終わるだろうから。
古来から、緊張するなと強く言い聞かせて緊張しなくなった御仁などおらぬ! 
よけいガチガチに緊張してしまったのがほとんどだ。

その間に、楽しい思いが少ないまま生きると、うつ病になるだろう。
うつ病までいかなくとも、憂鬱のまま一生過ごすことになるかもしれない。

そんな人生なんていやだ、死んだほうがマシだと思っていたし、死ぬ(苦しいのは一瞬だけ)よりも苦しい思いをしながら生き続ける可能性が僕にはあったわけです。

夢をあきらめないでください、自分を制限して生きないでください、人生はやり直せません

でも、ちゃんとした無意識からの克服プロセスを経たら、手が震えなくなる日は必ず来ますよ! 
どうか僕の体験記をお役立てください。
一刻も早く暗闇から脱してください!
長引くほど、自由な解放された時間は少なくなっていきますから。

→画期的な治療法と無意識の悩みの病巣除去であがり症(手の震え)が治った話【次ページ】

 

手の震えを克服した人達(岩波先生のあがり症克服プログラム、神経症克服プログラムの体験記)

手の震え解決外科医神経症闘症記 ←←僕が岩波先生の存在を知ることができた外科医ブラックジャック先生のブログ

僕の恩人の外科のお医者さんの手の震え、書痙、自律神経失調症の克服体験記

手の震え解決体験記脳外科医 手の震えとうつ病の体験の手記 身の毛もよだつ最悪の日々からの生還 ←←同じく手の震えで実際にうつ病になってしまった脳外科医あしかわ先生のブログ

同じく脳外科のお医者さんのブログで、手の震えやうつ病の苦しみやそこからの回復記録

 

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