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カイの話し方・緊張解消教室

僕があがり症や手足の震えを克服でき、話し方の技術を身につけたあがり症克服プログラムについて

最悪な頃の心境の体験談

モチベーションの必要性

脳の魔術師 岩波先生という存在のありがたさ

岩波英知先生のあがり症・話し方弱点克服プログラムの体験記と評判と感想

ぶっちゃけ、人生って自信のある人間だけが生き残っている(楽しく充実して生きられているという意味で)
だけど、自信の正反対が無気力、自信喪失というやつだ。

僕は中学、高校時代を通して、緊張、鬱憤、自信喪失、不安、劣等感だけを増やして生きてきた・・・・
どもりを悪友にからかわれ、しつこくバカにされたことから、人に身構えるようになって、話し方についてすごく臆病になってしまった。
緊張が増してくると、人前で発表するときに声が震えてしまい、もっとどもってつっかえてしまうし、声が出なくなる時もあった。
クラス中の好奇の目線や冷笑やクスクス笑いがすべて僕に向けられるように思ってしまって、自信をなくしてきた。
緊張がどんどん強くなっていって、手も震えるようになったり、足が震えるようになった。

発表の時だけじゃなく、普通に会話している時も声が震えるように悪化していったし、物を持つ手がすごく震えるようになってしまった。
緊張していることを見られるのが嫌で、プライドが高かったから、知られたらおしまいだと思ったし、なおさらに僕は震えるようになってしまった。

考え方を変えようとしても自分を説得できないし、頑張っても頑張っても無駄な努力になっていって、僕は話し方教室や催眠療法や薬物療法に救いを求めるようになった。
それでも治らない、何をやってもダメ。
友人とも距離が離れていったし、新しく友人を作るエネルギーも意思も無くなって、一人で孤独に苦しんでいた。
その時もずっと時間が過ぎていって、不毛すぎる時間を僕は過ごしてきた。

普通になりたかったけれど、それも夢の遥か彼方で、現実の僕は惨めだった。
生きていてもしょうがないほど、みみっちい存在だった。
でも、このままじゃ終わりたくなかった!
自分の生きた証をちゃんと証明したかった。
僕はもっとやれる人間のはずだ、こんなところで終わってたまるかって!

だけど現実は厳しくて、何をやろうとしても無理に思える僕しかいない。
成功体験もなくて、彼女もずっとできなくて、ひとりぼっちの劣等感の塊(そのくせプライドだけは高かったりする・・・)が、できる人間だと正面することなんてできなかった。
なぜなら、人間が怖いし、会話すらできなくなってしまったから。
どうやって証明できると言うんだ?
やろうとしても、恐怖と不安で何にもできない自分を意識して、とても苦しかった。
ダメ人間だと自分で気づいてしまったからだ。

まさか子供の頃の元気なときに、こんな元気の無いくらいさみしい男になっているなんて思わなかった。
こんな未来に誰がしたんだ!!! でも過去起きたことは今更覆せない。
負の心の遺産をもって、僕はずっと暮らしていかなければならないんだと思うと、絶望の二文字しかなかった。
誰か助けて欲しい、救い出して欲しいと思って、たくさんのことにチャレンジしてきたけれど、上述の通り、何にも解決できなかった。

未来のことを考えても、治っている自分が想像できないぐらい落ち込んでいたから、生きている意味もなくなってしまったのが僕だった。
話し方教室でも催眠療法でも薬物療法でも、最初は克服しようと頑張るんだけど、どうしても無意識の壁を突破できなくて、半ばあきらめてしまう。

自分で強くなろうと行動しようとしても、すぐに怖気づいてしまう。
失敗したら傷つくし、そうしたらもう生きる意味を失う。
その時『死』のことを本当にかんがえなくちゃいけない。
もし、決断実行したら、親は嘆き悲しむだろうな・・・・とか世間から笑いものにされるか、変な目で見られるだろうな・・・という心配があった。
でも、生きたくても生きられなくなりそうな状況が、そろそろ僕には来そうなんだ・・・・そう親に訴えたかった。
でも、親に心配をかけたくないから、一人で悩んでいた・・・・
誰も、僕のこんな苦しみをわかってくれない、半ばヤケで生きてましたね・・・・

自己啓発の本を呼んだり、会話の本を呼んだり、もちろんどもりや吃音克服系の本を沢山読んできた。
でも、どれだけ知識を豊富にしても、自信だけは持てなかったし、普通の人にすら引け目を感じてしまうほど僕はコンプレックスの塊だった。
いつも不安や恐怖心があって、孤独だし、誰にも頼れない。

将来の明るい展望なんて皆無で絶望して生きていたし、自分が信じられなかった。
人が大嫌いになり、憎しみさえ抱くようになってしまった。
ムカつくムカつくムカつくことだらけだった。
くさくさした心にやる気なんて起きやしないし、行動力も無くなって、ますます自信を減らしていった。

治しようがない状態、苦しいだけの生活、だけど死にたくても死ねない状況、そういった四面楚歌で、鬱憤が爆発しそうになっていた時、僕の人生を変えてくれる出来事があった・・・・

まずは、どこかに書いたけど、どもりでも、つっかえつっかえながらも堂々と持論を主張している有名人を見たこと。
もう一つは、岩波先生がやっているいわば会話の格闘術(あがり症克服プログラムも同時に受けた)を知る機会があったことだった。
岩波先生のあがり症克服プログラムで、僕と同じ手の震えや緊張症を克服して、また手術できるようになった外科医のお医者さんの体験記を読んで、僕はすごく希望を持てた。
忙しい中、更新してくれてありがとうって、ほんとうに感謝した。

超凄腕で天才的な発想を持っている岩波先生。無意識の病巣を破壊する技術を開発した岩波先生をまだ若いうちに知ることができたのは、本当にラッキーだったと思う。(今では社会の実力者や有名人で予約が殺到しています。紹介者がいないと受けられなくなるかもしれない)

当時、僕は大学生で、何とか勉強だけはして、うまく第一志望に合格できたけれど、その後の展望は皆無だった。
書いてきた通りの、最悪の精神状態で生きる屍状態だった。
友達もできないし、負け惜しみだけど作りたくもなかった。めんどくさかったし、実を言うと怖かったんだけど・・・・
彼女が欲しいけれど、かったるいし、何より僕じゃ出来ないとまで思っていた。

こんなどもって、怯えていて、声が震えていて、すぐ手の震えに緊張が見て取れてしまう男なんて、彼氏に選んでくれる人間なんていないと思っていた。
表情もすぐひきつるし、硬くなるし、気の利いたことも言えなくなっているガチガチに固まっている男なんて、男じゃないただの糞袋だと思っていた。

いつも不満だらけで、きつくて、嫌なことからも逃げ続けていた。
いい大学を出たからって、就職できるかどうかわからなかったし、面接で必ず落とされる自信があったくらいだから、まともに会社員生活は無理だと思っていた。
仮に就職しても、職場の人間関係の悩みで潰される恐怖を持っていたし、会議も発表もできず、まともに人間関係を作れない人間なんか、すぐクビにされると思った。

ずっと逃げ場のない会社員生活で、同僚たちにバカにされて生きることを考えると、死んだほうがマシだと思っていた(どこまで後ろ向きなのだろう・・・まだ何にも経験していないのにね・・・とにかく不安と頭でっかち人間だった)
だけど、僕ははっきりそうなることがわかっていた(認めたくない心もあったが)

とにかく普通の学生のように、普通に生きたかった・・・
普通に友だちと楽しく話し、どこかに行ったり遊んだり、彼女を作ったりして、青春をエンジョイしたかった。
でも、絶望的なまでに、それができない自分であることははっきりわかっていた。
僕なんかに誘われた女性は、絶望するに違いないとすら思っていたから。
でも、このまま終わりたくない。
なんとかして治りたかった。

岩波先生の無意識から、悩み病巣を治すやり方に、すごく興味を持ったし、希望が湧いて出てきた。
でも、受けるにあたって、凄腕の人だから予約が多くて断られている人も多いと聞いた。
だから、なんとかして受けさせてもらいたかった・・・。
こんなところで希望を断ち切られたくなかった。

だから、無理なお願いをして、手の震えや書痙などを克服した外科医のお医者様にメールを送ってみた。
どうか、岩波先生に取り次いで欲しいと・・・・僕にはこれしかないってことを頼み込みました。
どうにかして予約をとれるように、お願いしました。

外科医の先生は忙しかったらしく、すぐに返信が来なかったけれど、「先生に伝えるだけ伝えておきます。希望を失わないでください。」とメールが来ていたのを読んだ時、僕はすごく嬉しくて、男ながらすごく涙が出てきたのを覚えてます。
岩波先生が直接的な僕の命の恩人ならば、外科医の先生は間接的な命の恩人です。

外科医のお医者さんの紹介ということで、僕は予約をとることができて、やっと岩波先生に会うことができた。
お金はいつかもっといい治療法に出会う時のためにバイトをしてためていたお金と、いろいろ手をつくしてかき集めたお金でなんとか、払うことができた。
無意識の病巣を破壊して、緊張するルーツやトラウマを破壊してくれる先生のやり方に、僕は希望を持っていた。
心配はあったけれど、とにかく根本から治そうと思った。
今度こそ、今度こそは、絶対に改善させて、かつての僕を取り戻そう、今までの僕の緊張の連鎖を断ち切ろうと思った。

結果を言うと、岩波先生はやばいほどの鬼才だった。
先生のおかげで、受けた人にとっての奇跡がたくさん起きているというのも納得いった。
無意識から解決できる人は、この世の中に岩波先生しかいないと思えるほど、その技術力がやばかった。

たくさん僕のトラウマや心の傷を受け続けた人生のドラマが、どんどん出てきた。
すごく哀しい感情的に抑圧してきたものも解放された時、僕は生まれ変わった。
先生の優しくそして厳しく諭す暗示も、すごく無意識に入りこんだと思う。

声の震えから僕は治っていった。
どもりも岩波先生から(先生も吃音経験者だったからうれしかった!)、どういう心構えで話せばいいのか教えてもらって、その通りにやったら、吃音へのコンプレックスも無くなっていった。
吃音がひどくなる時の精神状態も教わっていたので、慌てなくなっていった。
まずは、話し方の悩みから解消されていった。

あとはあがり症の部分(人前での発表など)と手の震えだった。
あがり症に関しては、僕がもう人前で発表する機会がなかったから、そう気に病んでいなかった。
だから、人と普通に会話しやすくなっていったことで、そちらのトラウマも無くなっていったんだと思う
(後年、人前でスピーつする機会があったけれど、無事乗り切ることができ、すごく自信がついた。そのときもう大丈夫!という確信が持てた)

手の震えは、人に見られているとコップなりお箸なり震えてしまうのがしつこかった。
だけど、前よりは震えることも少なくなっていたし、これ以上悪化することは絶対にないという自信を持てていたから、そんな焦ることはなかった。

そんなこんなでプログラムに通って、毎回新鮮ですごい無意識訴求状態を味わって、トラウマ処理やルーツ整理、プラス暗示の入れ込みをやっていた時に、僕は彼女を作ることができた。
絶対に不可能だったことが僕にもできた。
岩波先生からは、実際に行動を起こして、女性と接する場所に行くか、そういう機会を設けないと絶対にできないことを言われていたから、練習のつもりで、女性と話してみた。
最初は緊張して、うまくいかないことばかりだったけれど、失敗するのも成長の過程だと割りきって(すごく強くなれていたと思う)、何度も練習していくうちに、すごく合う女性に合うことができた。

そして、はじめて女性に告白をして(勇気を出してよかった!)、OKをもらった時の嬉しさは、岩波先生の技術を受けた時の感激を超えていた(笑)。
それは岩波先生の技術は、僕から見たら他力本願だけど、恋人づくりに関しては、先生の助言とあがり症克服プログラムの効果もあったけれど、僕の行動だから、自身の獲得は半端無かった!

彼女とデートを重ねていくうちに、やっぱり最初は手の震えとか、声の震えやどもりが復活したらどうしようとか思った・・・
失敗したら、またトラウマになるんじゃないかとか・・・だけど、なんとか乗り切ることができ、どんどん自信がついていって初めて手の震えにとらわれない自分に気づくことができた。
まあ、失敗してもいいじゃないかと気楽に思えたのも大きかった。
そこは無意識の厄介な足を引っ張る自分が変化していった証だと思う。

それ以来、どんどん僕は劣等感を払拭していけたし、とりあえず大学院に通うことにした。
社会にでることをためらったわけではなく、はじめて僕がやりたいことが見つかったから。
(その後博士課程を経て、就職に至る。会議も多いけれど、あがり症で悩むことはないです)

人前で手が声が震えても、いいじゃないか、あがってけっこう。
それで通しきってやるんだ! そんな強気になれたし、覚悟もついてきた。
そうこうするうちに自分に何か強い芯が出てきたかなと確信できてきたし、成功体験も積み重ねることができた
おどおど萎縮していたものが、どんどん無くなっていった。

ああ、僕もやっと生きられる存在になったんだな〜とすごく染み染み思いました。
親に心配をかけなくて済むし、ほんとうに助かっておかったと思う・・・・

人間関係も同世代の男が一番苦手だったけれど、気後れしていた気持ちも無くなっていった。
世の中が澄んだ空気、生きやすいものだと感じられるように。
今まで様々なしがらみや自分自身へのかせが邪魔していて、全然身動きも穏やかな呼吸もできなかったことに、初めて気づいて、あまりの病的ぶりに、逆に恐ろしくなったぐらいです。
あれじゃあ、あがって当然だし、まともに喋れなくなるし、震えるのも当たり前だと思います。

先生のあがり症克服プログラムでは言われたとおりに、時にはそれ以上に言われたことをこなしていった。
家での訓練を真面目に取り組み、緊張してもいいから積極的に人の中に飛び込んでいったのは、自分でも偉かったと思う。
がむしゃらに突き進み、無意識の感情抑圧処理とルーツ整理をしながら暗示を入れてもらい、次第に壁を突破できてきた。

自分の進む前に壁を作っていたのは、周りの奴らの悪意じゃなくて、自分だったと気づいてからは早かった。
あとは乗り越えるか、壊して進むかだけだった。

そういえば、トランス状態中に、すごく自分に自信が持てる瞬間が何度もあった。
彼女ができた瞬間もすごく自信になったけれど、そういう実態のあるものじゃなくて、何かすごく深い悟りに似たものだった。
それって、すごくハイになるかと思えば、静かな・・・・それでいてしっかり根付いているような自信、心地よさだった。
大喜びではなく、静かにかみしめるような感じ。

そういうプラスのエネルギーが僕を包み込んでいってくれた。
実態のない自信のパワーというか、自分が自分でいていいという安心感というか、それがどれだけ僕の行動を手助けしてくれたかわからない。
(なぜ生まれたかは未だにわからないけれど、もしかしたら岩波先生がそういう暗示を入れてくれたのかもしれない)

僕が悩みを解決するために通った話し方教室、スピーチクリニック、心理療法などとくらべて、岩波先生はやばすぎるほどレベルが高度だった。効果を実感する量も圧倒的差があった。
講師、施術者の質はそうだし、暗示の有効性、自己催眠との違いもぜんぜん違う。

あがるメカニズムは、無意識に原因がある。
無意識であがるのだから、いくら意識や前意識で頑張っても難しい。
しかし、無意識の世界に入れるならば、あがる原因もちゃんと解決できる。
その世界に現実に誘導できる岩波先生がいなかったら、僕は今も路頭に迷っていたのは間違いない。
ほかじゃ絶対に治らないと確信しているから。
ちなみに他の方で、僕と似た症状で通ってきた人もみんな良くなっていった。
その中でも外科医の先生のブログに出会っていなかったらと思うと、本当に運が良かった。

会話術の面でも、岩波先生は誰とでもうち解けられるから、すごく参考になる。
コミュニケーション術の達人の言動を実際目の当たりにすると、岩波先生はどこに行っても快適に生きているな〜と思う。
僕にはできない〜と思いながらも、とても勉強になった。
先生と一緒に夜に飯を食べる機会があったけれど、まさにそこを自分の空間にしていた。
よくある話し方教室の講師は、本で読めばいいような事だけ教えることができるけれど、自分の存在と言葉一つで、空間を自分のものにすることはできないだろう。
店員さんも先生にはすごく親しげにしていて、『お店に来てくれてありがとう』オーラが全開だった。
ああなりたいな〜と思いながらも、僕はまだまだ駆け出しだったから、できないと諦めていたけれど、今の僕ならできるかもしれない、とも思う。 

とにかく先生は、すごく余裕があって、元気があって、朗らかで、そして強さがあった。
場慣れしているし、人の心理をよく知っているし、説得術も超一流だった。
まさに心理面における最高の才人だと思う。

僕にとって神様のような人です。
僕が欲しいすべての要素を持っているのが先生でした。
いつまでもお体を大事に元気に、みんなを救って欲しいと思います。

岩波先生のプログラムは多くの人が通っています。
北は北海道、南は沖縄まで、全国から先生がいる東京や大阪に受けに来ています。
何でも、飛行機と宿泊費で10万円超えてしまう人も結構いると聞いています。
僕に先生の存在の情報を授けてくれ、先生に紹介してくださった方はお医者様ですが、その職業の方も多く通ってます。
一番多い悩みが、僕と同じ『手の震え』『過度の緊張』だそう。

なので、新しく通いたい人が予約を必ず取れるかどうかは微妙だと言われてます。
時期やタイミングにもよるため、新規予約者の残り枠状況が下のURLに掲載されているので、貼っておきます。
会話の格闘術&あがり症克服プログラムなどを行っているDream Art Laboratory HP
↑岩波先生は無意識解決技法や抑圧処理、暗示浸透技術のカリスマ的な鬼才だけど、コミュニケーション能力も抜群なので、僕に似たあがり症の人や話し下手の人にはうってつけです。でも、すごすぎるので、振り落とされないように! 他の先生には無理でも岩波先生だからこそ救われてきた人の数は多いです。

先生にプログラムは新規予約枠が少なくなっていて、受けることも大変のようです。紹介者がある人が優先的に入れるようですので、もしどうしても先生のあがり症克服プログラムを受けたいという気持ちが強い方は(かつての僕のように、僕が外科の先生の紹介を受けて受けられたように)、僕にメールを下さい。
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