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あがり症について カイのあがり症克服教室


あがり症って何だ?
僕のあがり症経験
あがり症になった原因
あがり症の苦しさと

 

あがり症の苦しみ

あがり症改善方法と岩波先生のあがり症克服プログラム

あがり症は、失敗する事への恐怖心とうまくやりたい、恥をかきたくないということで、極度の緊張を起こし、あがってしまうということだと僕は定義してる。
それが常態化すりゃ、有無をいわさずあがってしまうことになり、そんな場面への予期不安に苦しむ。
で、毎日が不安で楽しくない。特に会議やスピーチの順番があるとわかっている時は・・・・。

だから憂鬱だ。下手するとストレスと恐怖がすごすぎて、鬱病になってしまう。
恥や不安、緊張、恐怖、頭真っ白、どれもこれも僕の頭の中を四六時中駆けめぐってた。
先のことを考えるだけでも重いため息(はぁ〜)、それをどうやって避けようか対策を練ってもうまく行かなかったり。
憂鬱とふさぎの虫に取り憑かれてた。
そんなあがり症の自分がムカついてたまらなかった。

まあ、誰だってあがったり、緊張したりするもんだ。
あがらない人間は皆無。どこか神経がおかしいと思ってよい。
だけど、人から「あれ??」「なんかおかしいぞ」と思われたり、ひそひそささやきあわれたり、笑われたり、ものすごい大恥をかいてしまう(と本人が思う)ようになったら、立派な神経症としてのあがり症だ
(僕がそんな場面は何度も経験した。「その次」はものすごい不安だし恐怖だよね)

普通にできないあがっちゃう自分・・・・

あがる人から見たら、なんでみんなうまくあがらずやれているのか不思議なほどだった。
普通にやれている人が羨ましい、その反面、自分が情けない・・・・

何で自分はあがってしまうのか、自分の心や神経回路、いんや、トラウマを作ったあいつらを恨みたくなる。
思い出したくない大恥をかいた経験が僕にはある。それを揶揄されたり、笑われたり。それがトラウマだ。

失敗経験があると、次が怖くて、ガチガチに緊張してしまって、極度にあがり、ついには失敗する。
予期不安で次の場面が来るのが恐ろしくて、もう不安でたまらなくなり、人生のほとんどがあがり症やその場面に集約されちゃう・・・・

あがるためだけに神経か過敏になって、その対策ばかりに知恵を全力投入している人生じゃ! 書いていてもムカムカ来る・・・・
それだけのパワーをもっと建設的なことに投入できていたら、博士か大臣になんて簡単になっちまう(そんな単純にいかんけどさ)
でも緊張して、あがって……そんな自分が腹立たしい。
なぜできないんだ???? こんなに緊張している奴なんて他にいないぞ、ボケが・・・・
そんな自問自答しても、あがってしまう僕は変えられない絶望感がすごかった。
尽きることのない責め苦を負う心境だった。

よく僕は耐えられたと思う。
今克服できていなきゃ、耐え切れずにうつ病に完全になってしまって、生きる屍になっていたんだと思う・・・

話し方教室に通ったし、必死でスピーチや会話術の本を穴が空くほど読む。
僕にとて死活問題だから、どうしても解決したかった。
でも、あがる自分は、そんなもので対策がとれるほど甘くない。

そんで、自分をますます呪う(きっかけをつくった奴らも)。
他人とのギャップに苦しみ、どうしてもあがり症が発症してしまう自分に自信が持てなくなる。
行動も夢も出世も制限されて、お先真っ暗状態だった・・・
あがり症を隠して生きていければいいが、どうしても無理なことが多い。

絶対に笑われている、眉をひそめられている、こんな僕は存在するに値しない人間と申し訳がなかったし、悔しくてよく泣いていた・・・

あがり症対策に費やした無駄な時間と死にたい心境

普段人と話すときは平気な人でも、会議や人前で話す場面があると、ノミの心臓以下になってしまう。
何も対人緊張を起こす人だけが、あがり症になるわけじゃなく、奥が深い。

一番怖いのは、あたふたどぎまぎしどろもどろになっている自分をみんなに笑われたり、好奇の目で見られり、心配されることのショック!
心配はありがたいことなんだけど、あがり症だって恥だと思っていたし、誰にも相談できないから、体調が悪いせいだと、僕はその場を取り繕ろっていた。
でも次が来たら、そんないいわけはもう通用しない。
次は失敗できないプレッシャーとストレスに襲いかかられる。
つらい、つらすぎる人生だ!
何のために生まれてきたのやら・・・・

他にやりたいことがたくさんあったはずなのに、やれているのは空虚なあがり症対策だけで、それも対策になっておらず、為す術がなかった。
できるだけあがる状況を避けていたけれど、そうもいかないときもある。
『その日』が迫ってくると、いんや、その日があるとわかった時点で、僕はもう生きた心地がしなかった・・・・
落ちつかない、不安になる、孤独で誰にも相談もできないでアタフタするだけ。
だけど、時間はどんどん迫ってくる。

対策する時間はあったはずなのに、どうにもできなかった無力感といったらないな・・・・
僕はどんだけ無駄な時間を送っているんだろう。
なんにも起きずにダラダラ時間が過ぎていく平凡な人が羨ましかった。
僕は、生きるか死ぬかの心境で苦しんでいるのに、なんにも解決できなかったのだから・・・・
泣きたくなる、泣き叫びたい! すべてを打ち壊したい、自分も社会もすべて!!
誰か、俺を事故死させてくれ! 名誉と同情される死を賜りたい・・・・

僕があがり症や震えで自殺していたら、家族は笑いものになるだろうし、僕自身も死してなお笑いものにされる。
それも嫌だった。死んだとしても僕の心労は尽きないのだ・・・

普通の人になりたい。でも絶対なれないあがり人間

僕は、うまくやろうという下心が強いというより(その通りなんだけどさ)、失敗して笑われたり、その場を凍り付かせたり、恥をかくことが何よりも嫌だった。
他のあがり症とは無縁の人が、一生に一度あるかないかの戦闘状態を毎回やっているのがあがり症だとも言える。
(僕のあがり症、どもり克服を成し遂げてくれた岩波先生は、硫黄島かヴェトナム戦争に行く気持ちと表現していた。言い得て妙だと思う)

敵弾飛び交う最前線を何とかグロッキーになりながらも切り抜けたとしても、次の激戦地に行かなくてはいけない。
そりゃぁ、あがり症ってぼろぼろに疲れるわな・・・・
こんなことがしょっちゅうある。避けていてもいずれは来てしまう・・・・

あがり症がひどくなっていった原因とトラウマ

そもそも、僕はどもり(吃音)をクラスメートや悪友にからかわれたことで、授業で人前で何かを読むことに恐怖を覚えるようになった。
それが高じてあがり症になってしまった。
また大きな大失敗をやらかした。

小学生の時なんか、何にも考えずできていたのにさ。
変な病的なことを考えたら人間はお終いだ。
俺は変な事を考えさせるように、あいつらに仕組まれたわけだけど。
あいつらさえいなかったら、手の震えもあがり症もなかっただろう。

トラウマを克服するのにかなり苦労したよ・・・・だけどあいつらを抹殺しても、僕の無意識に叩きこまれた心の傷は消えはしない・・・・

もう一つ、僕の心が追いつめられていたことを書きたい。
授業中、あがり症ゆえ、恥をかいたり大失敗するのが怖くて、当てられるのが嫌だった。
ストレスのあまり胃潰瘍になったこともあった。

いろいろ知恵を使ったり休んだりして、授業中に当てられるのを避けていたんだけど、心配があった。
それは、誰かに「カイはまだあてられてねーよ」と指摘されることだった。
そうなったら僕は最後、さらし者にされるに違いない。
生きていけないと思った。
そんな予期不安をずっと抱えて授業に望んでいた。これをずっとやり続けていたんだから、神経がボロボロになっちゃうよね・・・・
これじゃ、授業の内容なんて頭にはいりっこない。
苦痛でたまらなかった。
みんなが敵に思えてしまう。人に気が許せなくなる。

仲良くなったところで、僕の大きな弱点を笑ったりバカにして、どうせ離れていくに決まっている。
そんなショックを受けるくらいなら、最初から誰にも心を開かないぞ!・・・・でも、それも孤独でたまらなかった。
死ぬしか無い、という答えしかなかった。解決するためにはそれだけだった、当時の僕には・・・・

ある時、「カイはまだあてられてねーよ」という声が、クラスのどこからか聞こえたとき、ものすごい衝撃を受けた。
僕が悩んでいたから、幻聴としてその声が聞こえてきたのか、実際に聞こえたのかわからない。
そんなこといわないでくれ!という願望が強すぎて、必死で幻にしようと無意識でしたのだろうか。
人は病むとここまでなる。

そして、よくならないまま心が重圧で押しつぶされ続けると、病院に入院するか、薬漬けの悲惨な生活になるのだろう。
僕には精神病になって、廃人化していく人の精神的な崩壊の様子がよくわかる。
僕も先生に出会っていなかったら、今頃そうなっていたから。 怖いことだ・・・・

僕は幸い運が良くてそこまでいかなかったけれど、今考えても寒気がする。
本当によかった。
僕のあがり症克服と話し方の最大の恩人である岩波先生がいなかったらどうなっていただろうか。
人生の分かれ道はどこにあるかわからない。

もし今は明るさが差し込む出口が見えないでいる人も、未来を捨てないでください。
僕もそんな状態から、救われることができましたから!

とにかく、当時、僕は人間を抹殺したかった。
自分一人だけで生きたかった。他は邪魔だった。あとは動物と植物があればいい。
中学と高校時代は人生で一番苦しく心が病んでいた時期だった。
社会に刃を向ける暴発した犯罪者の気持ちもわかる・・・でも僕はしない。その刃は自分に向けていただろうから。

あがり症や震えで苦しめられていた時期、悪夢によく悩まされた。
ハッとして目覚めたことはしょっちゅうだった。
そんなときは汗をびっしょりかいていた。
恥ずかしいくらいの寝汗で、どこか体が壊れたかと思うぐらいだった。

手の震えも足の震えもおさまらなかったときもあった。
僕もとうとうここまで来てしまったかととことん落ち込んだ。
派生的にあがり症(緊張)から症状がいろいろ広がっていった(各項目・一番下のサイトメニューを参照してね)

夜見る夢といえば、僕があがり症や手の震えの悩みと無縁の爽快な人生を送っていた夢を見たことがある。
すがすがしかった。僕もとうとうここまできたか!という感じ。
やっと念願のあがり症が治った! これからは存分に力を発揮して、遅れを取り戻せるぞ! これでやっと生きられる!
すごい喜びでいっぱいだった。

だけど、目が覚めると、暗い現実が待っていた・・・・
天国から地獄に一気に落とされたようなショックだった。
僕は夢のなかでも完全にあがり症が治っていた。その喜びがすごかった!
しかし、何も変わっていない!
暗い現実にひどく憂鬱になってしまった。
ずっとその日は、厳しい現実に心が打ちのめされた。
逃避のあまり、そんな夢を見たのだろう。
しかし、そんな夢見ない方が良かった。
期待させておいて、あれはないよな〜・・・・・・
肩すかしどころじゃない。天空に舞い上げておいて、アスファルトにその高さからキン肉ドライバーをかけて叩き落とすようなものだったから。

まぁ、のちのち正夢になったんだけど、それは先の話しのことだ(^_^)v
それ以来夢も怖くなった。
ベッドに入るのもストレスになってしまった時が一時期続いた。

こんなに疲れる、神経を使う中高学生は僕だけかと思うと情けなくなった。
みなさん、同じ境遇を経験した人はいませんか? 

→画期的な治療法と無意識の悩みの病巣除去であがり症が治った話

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